2010年12月03日

Q「ラストショー」The Last Picture Show(表)


舞台は1951年のテキサスの片田舎。大人が、若者が、かくあるべき、という規範があった時代。その時代に在っても放埓な性関係はそこかしこにあった。土地の者はすべからく顔見知りの小さな街で、街への想いと自らの境遇を交差させて語る大人たちを見て育つ主人公の高校生男子、およびその親友と彼女らを主軸に流れる街の1年の話。

A面●ほうきで掃く帽子の男子はレレレのおじさん●主人公の男子はフットボールの"タックルが苦手である"ことに留意する。●"大人仮面"が"若者の仮面"を批判する。●しかし、その"批判された仮面"は素顔である。●2人の男子の対比:髪に櫛を入れない青年と流行りの髪型のその友人:車内での彼女との成り行き:車を使う順番:街の親分に叱られる時の対処etc…●"とるべき行動"を(都度)とる友人と街を愛するゆえに立ち止まる主人公は"どちらも"時代の波に呑まれてゆく。●主人公が帽子の子(唖)に向く時は、ぴったり口をつぐみ笑顔で、というふるまい。●主人公が"つきあう"おばさんは、"泣く女"である。●"不器用な2人"を明示するセックス。●"泣く女"は男子の髪に櫛を入れる。●親分の"馬"は水を嫌い川を渡れず、惚れた女は渡った。という詩。●それぞれの大人に昔話がある。●病室で紙巻き煙草を扱う男子。扇風機をつけていることの意味。●対峙する母娘。母は娘に裏(真実)を説く。●美しい娘の"腕時計が止まる"とは。●継いだ者達、はその遺産を扱いきれない。●"最後の上映"の終幕は良い。映画だから。●その終幕には古き時代のカウボーイが映される。実際(作品内の)はトラックで運ぶ牛。●街はすでに限界にきている。●始まりと終わりの、景色は全く変わらない。

B面●授業中に手から手へと渡される本は『探偵マイクハマー・おれが掟だ』。マンガの回し読み的な感じか。●野に詩はある、とする裏の主張が読める。日常生活を描いた作品なので、"決め台詞"は馴染まない。しかし、わざわざ作らなくとも市井の人の言葉を切り取るように、台詞にして、それを描写することで、日常語の名台詞が出来上がる。●3人称の作品なので相関図に心を砕かないといけないが、最初は疲れる。●プールの場面は『イージーライダー』の川遊びの場面と同じように別撮り。ただし、音をつなげてある分こっちのがスマート。●時代考証の確かなBGMを楽しむ。●制作は71年。喪失感の70年代に喧騒感の60年代を描かずに、"改革された側"の50年代を描く試み。

雑音●名作であるけど、すっきりと理解するには時間がかかると思われる。観たいけどめんどくさそう、という方へ向けて、相関図や台詞についてやや詳細(?)に説明しちゃうという野暮を(裏)にて書く。詳解なので閲覧は自己責任を求む。

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posted by Toriuchi at 16:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 作品題名>ラ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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